「パラリンピック」

おおいに盛り上がったバンクーバーのオリンピックが終わり、脱力感のためブログも書く気になれなかった。。。

( ^o^)ノ\(^o^)/(v^-^v)
本当にすばらしいオリンピックでしたね〜

ブログを書けなかったのは、”祭りの後”の虚無感だけでなく、仕事が忙しかったからでもある!

( ^o^)ノ\(^o^)/(v^-^v)
え〜ッ!おじさんが仕事が忙しいって、本当ですかあ〜!

こう見えて、わしは仕事もしてるんだぞーッ!



実はバンクーバーのオリンピックは、まだ終わっていない。
引き続き、冬季パラリンピックがある。

3月12日の夜、パラリンピックの開会式が行われた。
会場は先のオリンピックと同じバンクーバーのダウンタウンにあるBCプレース。

競技種目や選手の数は通常のオリンピックにははるかに及ばない。
が、オープニングセレモニーはとてもよかった。
それは多くの子供たちがセレモニーに参加していたからだ。

子供が進行係りの一役をなし、仏語と英語の両方で挨拶をしていた。

( ^o^)ノ\(^o^)/(v^-^v)
バイリンガルって、うらやましいなあ〜!

君たちもカナダに留学すればいいんじゃよ!
おじさんが留学についていろいろ教えてあげるよ。


選手入場のときも子供たちが飛んだり跳ねたりして迎えていた。
その顔には満面笑顔をたたえていた。

こうして子供たちが身体障害者の選手たちを目の当たりにすることは、人として大きな視野を持たせる。
世の中には健常者ばかりではなく、手足や目や耳が不自由な人もいることを知ることができる。
体が不自由なのに素晴らしい運動能力を見せる人たちを見れば”感動”と”勇気”を与えられる。

オープニングセレモニーで特にすごいと思ったのは、両足が不自由な若者が松葉杖を使用しながらブレークダンスを踊っているのを見たときだ。

松葉杖を持つ2本の腕が彼の体を支え、身体を回転させたり、宙に浮かせたり。。。
見ているほうが感動で震えてくる。

カナダで体が不自由な人で超有名な人が2人いる。

1人は会場にも来て挨拶をした、リック・ハンセン
彼は車いすで世界一周したカナダのヒーローだ。
大きなスクリーンに彼が車いすを一生懸命走らせている姿が映った。
世界一周している間に日本にも立ち寄ったことがあるので、彼のことを覚えている人もいるかもしれない。

そのすぐあと、もう一人のヒーローの映像が映し出された。
彼の名はテリー・フォックス



テリーは大学に入学してすぐ、膝のあたりに骨肉腫があるのがわかった。
当時は足を切断するしかなく、彼の右足は膝の上から切り落とされた。
その後、彼は他にもこうした”癌”にかかっている人たちを救おうと、募金を募るためにカナダを横断することを決心した。
カナダの東の橋、ニューファンドランドのセント・ジョーンズという町を出発し、最後は西端のバンクーバー島で終わる予定だった。
しかし、途中で”癌”が肺に転移し、1981年6月28日、22歳の若さでこの世を去った。

テリー・フォックスのことは、小生が1980年にバンクーバーに留学しているときに、新聞に出ていたし、授業でも題材に使用されたので、よく覚えている。

彼の映像が映ったときはオリンピック会場がは割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
彼のことを知らないカナダ国民はいないといわれるぐらいだからね。

これから選手たちは金メダルを目指して競い合うのだろうけど、不自由な身体で一生懸命トレーニングしてきたこの人たち全員に金メダルの価値があると思う。

普通のオリンピックほどテレビで放映されないのが残念だが、息子を連れて何かの競技を見に行こうと思っている。